《津市》久居藩祖と関係アリ? ”野邊野神社” 初詣レポ【2018年】

どうも、皆さん。

『歴女』属性をも併せ持つ元ナースのもずく(@mozuku_on7sea)です。

もずく
2018年も、年始の初詣はバッチリ!

お守りも買っちゃったもんね~。

 

2018年、始まって早半月。

年末年始にかけて、寺社に行かれた方も多いのでは?

 

さて、そこで皆さんに質問です。

お参りした寺社の歴史に、興味を持った事はありますか?

もずく
実は今年、気になったから

個人的に調べてみたんだ。

結構面白い事がわかったよ!

 

…と言うワケで今回は、

初詣に行った【ある神社とその歴史についてまとめました。

 

津市在住(特に久居周辺)の皆さんや

「藤堂家、何だか気になるんだけど…」と言う歴史好きな方に

特にオススメの記事ですよ。

 

それでは、歴史を辿る散歩へ…いざ参らん!

 

スポンサーリンク

 

【2018年】初詣@野邊野神社

 

三重県津市(久居地区)にある『野邊野(のべの)神社』

初詣に行ってきました。

(駐車場は、何とほぼ満車!)

↑神社入り口付近にある掲示板。イベント等はココでチェック。

 

↑本殿までの行列、半端ないレベル!進み具合はゆっくり。

↑今年は戌年ですよ~。

 

新年の運試し!”おみくじ”引いてみた

本殿にて無事お参りを済ませて、お守りを入手!

今年は登録販売者の試験を受けるので、『試験合格』のモノにしました。

 

…さて、初詣と言えば欠かせない定番【おみくじ】

早速、運を天に任せて引いてみました!

もずく
 お願いしますよー…そぉいっ!

 

↑結果は中吉幸先良いですな!

 

おみくじ内容の詳細を読んで一喜一憂した後、

おみくじを指定の場所に結んで、神社を後にしました。

 

2月は”節分祭”!【*2018年の節分祭は終了】

↑こんなチラシが置いてありました。

 

2/3(土)の夜に、節分祭を行うそうですよ。

ソレにあたって「厄年の人」「年男・年女」を募集中。

どうやら祈祷等してもらえるみたいですね。

締切は1月31日なので、興味のある方はお早めに…。

【注意*2018年の節分祭は終了しました】

 

☆神社での各種イベント情報については、コチラをチェック!

 

”野邊野神社”の歴史 《久居藩との深~い関係》

2020年には《記念事業》を予定!

神社の境内には、今後行われるイベントのチラシの他に

こんなモノがあったので、持ち帰る事に。↓

何と、野邊野神社は2020年に【鎮座350年】を迎えるのだとか。

その年には、『野邊野神社』と言う現在の社名から

トンデモなく縁起の良い地名”久居(ひさい)を冠する

旧社名『久居八幡宮』に戻すんだそうですよ。

もずく
『久居(ひさい)』って…

他県出身だからスグ読めなかったし、

変わった地名だとは思うけど…縁起良いの?

 

…と言うワケで『歴女魂』が疼いてしまった管理人・もずく。

歴史を色々と調べてみた結果を、

ざっくりと以下にまとめました。

 

野邊野神社と『久居』の地名の由来【久居藩祖・藤堂高通】

ソレは今から遡る事、約350年前の話。

 

藤堂高通(たかみち)が、津藩主(兄)から領地を分け与えられて

城(と言うより”御殿”)を築き、城下町を建設。

『永久に鎮居する』という願いを込めて久居(ひさい)と命名。

こうして津藩の支藩【久居藩】が成立したんだとか。

もずく
コレは、家督存続のための”保険”って意味合いもあるよ。

津藩の後継者がいない時、実際に久居藩から

何人か津藩主を出したらしい。

 

高通公は、領内の村にあった八幡宮を「守護神」として崇めた上、

御殿の鬼門(縁起の悪い不吉な方角)に当たる

現在の野邊野神社の位置へお引越し!

藩の祈願所・総鎮守【久居八幡宮】として創設したんだそうですよ。

↑境内にある石碑。高通公に関する記載アリ。

高通公が詠んだ歌も、併せて刻まれていますよ。

もずく
ちなみに、藤堂高通公は

津藩祖・藤堂高虎公の孫にあたる人だよ。

和歌に優れた人だったらしい。

 

野邊野神社の歴史【近代~現代】

その後、明治時代には神社の統廃合によって

地区内の数々の神社と合祀。

土地の旧名に因んで、社名も野邊野神社』(現在の社名)に改称。

高通公も、”相殿神”として祭られる事に。​

 

戦時中、津市街地には大規模な空襲があったものの

久居は戦災を免れた模様。気候は温暖で災害も少なく、

その名の通り、何かと縁起が良い土地らしいですね。

野邉野神社は、そんな感じで現在に至るまで

篤い信仰を集めているようですよ。

(参考:Wikipedia「津藩」「藤堂高通」/野邊野神社 公式HP)

 

この地区を統治していた大名・藤堂家と関係があるとは、

実に興味深く、面白い話ですね!

 

☆野邉野神社に関する詳細は、以下のサイトをチェック!

 

スポンサーリンク

 

”久居藩”の御殿の跡地【久居陣屋跡】へ突撃!

歴史を調べる内に、好奇心がモリモリしてきた管理人。

久居藩の御殿の跡地を調べ、実際に足を運んでみました!

以下、その突撃レポをどうぞ。↓

久居陣屋跡【高通児童公園】

住宅街を奥へ進んだ先、”久居中学校”の近くに

ひっそりとありました!

その名も【高通(たかみち)児童公園】

久居藩祖・藤堂高通公の名前が公園名に。

 

↑記載内容がイマイチ判読できない謎の石碑。(詳細情報求む!)

↑「併合記念」と刻まれた石碑。津市との合併記念?

 

”児童公園”との名の通り、子どもが遊べそうな遊具はあるものの

経年劣化で錆びたり、古びたりしたモノ多数。

遊ぶ子どもも散歩する人もなく、寂れた印象…

もずく
…まぁ、散歩には丁度良いかも。
カエデ
園内に桜の木が植わっていて、

春には咲くみたいだから…

花見の隠れた穴場としては良いかもねぇ。

 

 

↑園内にあった『高通公生誕350年記念』石碑

俳句・和歌に優れていた高通公の詠んだ句が刻まれています。

 

かつての《御殿》とその城下町

↑公園入口付近にある看板。解説文付き。

 

昔、ココの辺りには久居藩の御殿があったそうです。

久居藩主は城主格ではあったものの、築城は認められず。

代わりに、御殿と城下町を建設。

その御殿に、藩の役所と居住区を置いて『陣屋』となったんだとか。

↑看板掲載の『久居陣屋城下図』を拡大撮影。

 

かつては、多くの武家屋敷や町屋が建ち並んでいた模様。

交通の要所としての立地から、

旅籠(宿屋・旅館の事)として栄えたんだとか。

 

明治維新(武家政治の終焉)と共に、久居陣屋も取り壊し。

現在は、公園”久居中学校”の敷地の一部となっていますよ。

(参考:Wikipedia「久居陣屋」)

 

【まとめ】”藤堂家”と津市との関係性が面白い!

この辺りを治めていた”藤堂家”と

津市(今回は旧久居市ですが…)との関係性について、

調べれば調べるほど面白い事がわかりました。

もずく
…『歴女』魂に、完全に火が点き申した!

 

ちなみにこの”藤堂家”、現在も存続していて

子孫がいるのだとか。

カエデ
流石に津市には住んでいない…のかな?

 

近い内に、津藩祖・藤堂高虎公についても記事にする予定です。

(あくまで予定。現時点では、予定は未定です…ww)

 

今後も、管理人の気が向いた時に随時、

歴史に関する記事を更新していきます。乞うご期待…?

 

終わりに

…以上、”《野邉野神社》と久居藩の歴史”についてお送りしました。

 

皆さんも、身近な地域の歴史を紐解いてみると、

意外と面白い事が分かるかもしれませんよ~。

身近な歴史に興味を持った方、是非調べてみては?

 

という具合で以上、もずくがお送りしましたー。

 

スポンサーリンク

 

コメントを残す